子供のころに禁止されていたことに、大人になってからはまることについて

ひき考(ひきこもりが考える)

僕は昔からゲーム漫画音楽三昧でしたが、30手前の今でも全然ゲーム漫画音楽三昧です!!!!

とりあえず3つ組み合わせるとしゃべりづらいので、今回はゲームのみで語ります。

 

「『○○禁止』は危険だと思った」 元ネトゲ廃人の話から得た考え描く漫画に反響集まる
何事もほどほどの経験をした方がいいのかも。

今日はこの記事を見て語る。

 

親の禁止で欲望が爆発するってことらしい。

 

結論

禁止されていたかどうかは、関係ない。

僕は親から何か禁止された記憶は殆どないけど、中学高校大学で1か月以上引きこもってゲームやった記憶がある。

 

それだけゲームは麻薬的なのである。

 

ゲームが面白すぎるのが悪い

(一応パッと出せるのがSteamのプレイ時間であって、もっとプレイ時間長いゲームがあり、そのゲームのために引きこもらざるを得ない過去がありました)

 

ただ、たしかに抑圧は行動の引き金になることもある。

 

キャラビルドの意識

子育ての事を「キャラビルド」とか言うと、ハチャメチャに怒られそうだけど、ホンシツを見よう。

「○○がダメ」だから、結果「××をやる」とはならないのが前提。

具体的に言うなら、勉強させるために「ゲームはダメ」みたいなね。

 

なんでかっつーと、言わずもがな、お前も「テレビダメ」って言ってもスマホいじるだけでしょ。

じゃあスマホを禁止したら雑誌、雑誌を禁止したら音楽、みたいな、逃避先をひたすら追うだけになる。

 

盗賊キャラビルドでDEF(防御)とATK(攻撃)を削ったら盗賊になるかっつーと、なる可能性は低いでしょ。

DEX(素早さ)とかLUK(幸運)とかを上げるって意識がないと、INT(賢さ)とか、HP(体力)とかにステータスが割り振られて結局「盗賊」にはなれない。

上げるべきステータスを上げる、という意識を持たないと、結局微妙なキャラになる。

 

 

心理学的な側面でも考える

~~をやらなければならない

という思考が、心理的リアクタンス※を生む。

※ゲームやるな! って言われたらやりたくなったり、宿題やりなさい! って言われたらやりたくなくなるってやつ。

これは、確かに、ある。ゲームをやるな、と言われたらゲームをやりたくなるよな。

 

ただ、イコール

子供のころにゲームを禁止されていたから、大人になってゲームにドはまりして人生を崩した

ではねえんだよな。

 

上でも書いた通り、「ゲームを禁止したらかゲームにはまった」ではなく、そもそもハマるようにゲームは作られている。それだけ最強の娯楽足りうるんだよ。

もともとゲームは人生を破壊する程度には最高の娯楽なんだ。

やめどきを掴めない悪魔の娯楽、それがゲーム。

 

そのゲームの魅力を「親に禁止されたから」という風に考えるのは、浅はかだし、原因が分かってないから対策も打てない。

 

ゲームにハマる、問題の本質

問題の本質は「ゲームを禁止されていたこと」じゃないんだよな。

ゲームにはまっていることに罪悪感を抱いてしまう今の環境と過去の境遇が問題。

「親のせいだ」と”言い訳をしなければならない”ものだとゲームに対して思っていることが呪いなんだよ。

そしてハマってることに危機感を覚えなければならない現実が悪い。

 

なぜなら、まずゲームは悪ではない。

「悪い物だから禁止しなければならない」という親の思想の元で育ったことにより、無意識に「悪である」と言うことが刷り込まれているだけだ。

 

これはどんな事にも言える。

「スポーツ」「酒」「音楽」「将棋」「キャンプ」etc,etc

そこに、悪とか善とかはない。

 

馬鹿みたいにはまって、人生をおろそかにする事がよくないんだ。

ゲームに限らず、何事も、だ。過ぎたるは及ばざるがごとしってやつだな。

 

野菜は体に良いけど、野菜だけ食っていても体を壊す。健康的だが、体の為には足りないものが多すぎる。

ゲームだって、自分の心を豊かにするものだけどそれだけをやっていても物理的にはみじんも豊かにならない。

 

改めて問題の本質は、現実が充足していないことだ。

現実が充足していないことから逃げるゲームは、魅力的で、なんだか小さな達成感も得られる。

でもそこに「現実を豊かにする効果」はない。

 

少なくとも、「親から禁止したからはまってしまったんだ!!」なんて、そんな逃げの姿勢で遊んでいたらね。

 

じゃあハマっちまったらどうすりゃいいのよ

……ってところは、僕も悩み中です。無限にゲームをやってたいんじゃ~。

 

まぁ想像しうる解決方法は2種。

  • 正面から向き合う
  • 共に歩む

のどちらかですね。

 

「ゲームが人生の足を引っ張っている」という状況からの脱却が本旨です。

 

正面に向き合うってのは、一般的にはゲーム自体を金稼ぎにつなぐ

  • ゲーム実況に広告
  • 攻略記事書いて広告
  • 面白いゲームの紹介にアフィリンク

みたいな感じですかね。

そんな感じの方向で、ゲームに正面から向き合う。

 

それか、今の自分の仕事(仕事をしていないなら現実を充足させる)に全力を出す。

その上で、ゲームは傍らに相棒として、癒しとして置いておく。ともに歩む。

って意識。

 

上のどっちかですね。

 

僕はゲームが好きだし、ゲームは本当に素晴らしい物だと思いますし、事実世界中の人に愛されています。

 

だけど、現実を犠牲にしてやるゲームをすることで、ゲームすらできない環境に追いやられる。

ただ、それは「ゲームにはまらざるを得ない現実」が原因であり、「親の禁止が」とかは関係ない。

原因を取り違えると、問題は解決しない。

いや、もし仮に「親の禁止」が本当の原因だったとしても、それは解除不能な呪いだ。

 

楽しく引きこもるために、ゲームは1日1時間! と決めて、引きこもるための助走(労働や、ブログや)に労力を割いていこう。

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