100日で100記事更新を完走した感想

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日記

どうも、ひきこもりたいともです。

8/23日から、100日100記事更新(1日1記事じゃないのは、労働の残業等で遅くなり、0時を超えることがあったので)を達成しました! これ101記事目ね。

まぁ、だからなんだって感じですけどね。

今回は僕の日記! 後日他の人にも役に立ちそうな情報を抽象化して書く予定です。

今日は書きたいことを書く!(いつも書きたいことを書いてないわけではない)

 

モチベを保つ方法

モチベは保てない!

習慣にすればモチベとか関係なくなる。

if thenで考える。もしなんとかなら、なにをする。

もし記事を書いてないから寝ない。ただこれだけ。ただ、無理あるのでストックを休みの日に作る。社畜はしんどいぜ!

百記事更新に意味はない

書くことに意味がある。100記事更新という目標を掲げないと、人間はさぼる。

100記事更新自体は、別にさしたる効果はない。

ただ何事もやらないとわからないもので、最低限「やる」の目安が100記事だったというだけ。

ただ、習慣にすればアンテナが立つ。ネタを探す行動力もつく。

あとはそれを通じて、やはり書くことは性に合ってると感じた。

 

かじりついた経験がある

精神論だが、人間の基礎スペックに何十倍も差があるわけではないから、精神論が重要になる。

今まで、ここまで何かをやろうと思ったことすらない。

しかしこれは、やれば出来た。結果論ではあるが、できた。し、それに伴って精神も「ブログ更新とか無理ゲー」から「まぁやればできるんじゃね」に変化。

 

しんどい! 本業との両立が。時間は貴重。

社畜と共に走り抜けた100記事はしんどみの固まり。

 

あとな、マジで時間は貴重だな、と。ブログ書いた休みの日はあっという間。

今までのあっという間の4倍くらいあっという間。

 

逆に考えると時間のある大学生やニートは、ブログマジで向くと思う。

僕もそれを狙ってひきこもりたいわけだし。

 

自分の欲求が浮き彫りになる

人は抑圧されて初めて欲求が出る。人は、とか書いたが、僕は少なくとも、の意味だ。

抑圧されると、ぼやけている欲求に輪郭が見え始める。

僕の場合「毎日ブログを書かなければならない」ということで、それ以外を捨てた。

捨てたことによって、やりたいことが出てきた。

英語、読書、ようつべあげ、投資に関して、筋トレ、ゲーム。

あたり。

まあここら辺はブログと同時進行できるが、ブログ8ーその他2くらいでやってたので、その割合を変える。

とりま読書。

余談だけど、ブログ8-その他4 とかで欲張ると共倒れになるので、自分の「10」を知り、その中で調整をかける。

 

現状1日数十円~数百円であるが、収入を手にしている。

僕は無敵だ!

 

このままやればいつか月10万とか稼いで、仕事やめて一人孤独に細々と生きる事くらいはできないかなぁ、と考えてる。

まぁ現実的に10万だと貧困の極みだとおもわれるし、安定収入ではないためもっと欲しいけど。

 

 

まとめ

とりあえずしんどかったけど、やってよかった!

というかやってだめだった! って結論になったとしても、それはやらなければたどり着けない結論なわけで、どちらにせよ、やらなきゃなんねえんだよな。

 

……とかこういう誰の役にも立たない記事を書くとグーグルさんに嫌われるみたいなので、今後もグーグルさんに嫌われることを覚悟しつつクソ記事を書きつつ人類の役に立つ記事を書いていく所存。

 

ちなみに今後は1日1記事は考えてません。

濃度を高めていきます。

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